hummer-jackのブログ

不器用な漢のブログでございます・・・

SS Part2-2 YAMABIKO編

 ある日、いつものように彼女と一緒に学校まで歩いていると、ふと僕は、彼女が浮かない顔をしているのに気付いた。「どうしたの?」と聞くと、彼女は

 「実はね・・・お父さんが転勤することになったの。本当はお父さんじゃない違う人が行くはずだったんだけど、状況が変わって・・・。単身赴任も考えたんだけど、会社が住むところも用意してくれてて、もしかしたら赴任したまま帰ってこれないかもしれないから、お前たちも一緒に来いって言われて・・・。ほら、ウチのお父さん心配性だから、ウチとお母さんだけ残すのは嫌だったみたい。もちろんウチとおかあさんは最初反対したけど、もしもお父さん帰ってこれなくなって、ずっと会えないのもやだし、お母さんはせめてウチが卒業して、彼氏作って結婚するまではお父さんと一緒にウチのこと見守ってたいっていうから・・・結局お父さんについてくことになったの。だから・・・、〇〇とはお別れだね・・・。」

 僕はその瞬間、今までの日常が去ってしまうという恐怖と、空虚感に襲われた。僕は彼女に、「そうだったのか・・・、いつ行くんだ?」と聞くと、「来月の末」と言う。そうか・・・、このいつまでもあると思ってた日常は、あとひと月しかないのか・・・。と、僕は思った。

 よく人間は、失って初めて、そのものの大切さがわかるといわれてる。僕は彼女という存在がずっとそばにある当たり前のもの、いつの間にかそう考えてしまっていた。でも、冷静に考えればそんなのはありえない。いつかは離れてしまう。無くなってしまう。僕はそれに気付かなかった。

 僕はその時、ある歌の一節を思い出した。

 「思ってたより 簡単だった あなたを失うということ

寄り添えないのにそばにいる それが一番 つらかったの」

 もう僕は泣きそうだった。そして今までの自分に腹が立った。どうして今までの幸せをもっと大切にしなかったのか。どうして自分の気持ちを伝えなかったのか。自分の心の中で様々な思いが錯綜している。

 それから彼女がいなくなるまでの一か月間。僕は毎日の幸せをかみしめるように過ごした。彼女と過ごす時間、歩く道、すべてが尊く見えた。でも、彼女に自分の気持ちを伝えることはできなかった。

 彼女たちが引っ越す前日の夜。僕たちは彼女の家族を招いて一緒に夕飯を家で食べることにした。僕の家族も彼女たちとはもう長い付き合いだ。最後ぐらいはなんかしてあげたいと思ったのだろう。その食事会は非常に楽しいものだった。引っ越していなくなってしまうということを、微塵も感じさせない雰囲気だった。父たちは互いに酒を酌み交わし、母たちは僕たちが小さい頃の話に花を咲かせていた。

 その中で僕だけが楽しめないでいた。彼女が行ってしまうというのに、何と言ったらよいのかわからなかった。だからといって「好きだ」とは言えない・・・。そんな僕を見た彼女は、「ねぇ、外いかない?」と言って僕を庭に連れ出した。

 日中は暑かったが、今は随分と涼しい。少し虫の声も聞こえる。僕は、「どうしたんだよ、外なんかに連れ出して。」と言う。すると彼女は

 「空見てよ、きれいだよね。ねっ、あの星は何?」と聞く。僕は少し星の名前を知っていたので、「あれはシリウスだよ」と答える。彼女は「ふーん、すごいきれいに見えるね。」と言う。僕はここで、「あの星よりも君のほうがきれいだよ」と言おうか迷ったが、そんな自分を想像して吐き気がしたのでやめた。

 「ねぇ、知ってる?空ってどこにでもつながってるんだよ。だから今うちが見てる空を、地球の裏側の人も見てるってことだよね。ということは、どんなに遠くにいても、人とつながっていられるってことだよね?」と彼女は言ったが、僕は彼女の話の趣旨がよくわからなかったので、「そうかもしんないけどさぁ、結局何言いたいんだよ、お前は。」と言った。

 すると彼女は急に、「もうっ、女の子の気持ち全然〇〇はわかってないんだから!」と怒り始めた。僕は状況が呑み込めないので、「な、なんで怒ってんだよ?」と言った。すると彼女は

 「ここまで言ってもわかんないの!?・・・・・・。〇〇、ウチのこと好きなんでしょ?だから外に連れてきてチャンスあげたのに・・・。ぜんぜん言わないんだもんっ。」

 僕はあまりの衝撃に何も言えなかった。すると彼女はこう続ける。

 「ウチ・・・ずっと待ってたんだよ。〇〇が好きって言ってくれるの・・・。なのに全然言ってくれなくて。ホントはウチ、〇〇のこと大好きなんだよ!         引っ越さなきゃいけないってなった時、本気で泣いたんだよ。〇〇と離れるなんて絶対にヤダ。そう思ってたんだよ。でも・・・しかたないんだよね・・・。」

 悲しそうな顔をした彼女は僕のそばに来て、「ねぇ、目つぶって」と言う。僕は目をつぶる。

 彼女は、「これでお別れだね・・・。」と、悲しげな声で言う。

 すると、僕の唇にやわらかいものが触れた。彼女の唇だ。そして、なんだか彼女が震えているのがわかった。彼女は泣いていた。

 もう僕は我慢できない。僕の理性と言う箍が外れた。僕は彼女を強く抱きしめた。もう離さない。どこにも行かないでくれ。その思いしか僕にはなかった。

 すると彼女は「う・・・痛い・・・」と言ったので、僕は「ごめん」と言って彼女と離れた。

 それからしばらく2人とも何も言わなかった。何分か経って彼女が、

 「そんなにウチのこと好きだなんて思ってなかったよ。ちょっと痛かったけど、でも・・・嬉しかったよ。」と言う。彼女の顔はなんだか頬が赤くなってて、今まで見た中で一番かわいかった。

 僕は、「ごめんな、今まで言えなくて。フラれたら,とか、今までの関係が崩れたら、とかって考えちゃって・・・。」と言う。すると彼女は

 「そんなこと考えてたの?てがウチが〇〇のこと好きなの気づかなかったの?結構サインは出してたんだけどなぁ・・・?全く、鈍いなぁ」と言う。

 僕は図星で、何も言い訳ができなかった。すると彼女は

 「そろそろ家にはいろ!」と言うので、彼女に促され、家に入った。

 次の日の朝、僕たち家族は彼女たちを見送りに行った。引っ越しのトラックはもう出ているので、あとは車で引っ越し先に行くだけだ。みんな互いに別れを惜しむ。僕は彼女に別れを言いに近づいた。すると彼女は

 「シーっ、バイバイなんて言っちゃダメ。ホントに会えなくなりそうで嫌だもん。でもね、空は繋がってるんだよ。」と言う。

 僕は「そうだな、いつでも繋がってるんだよな。あの星見たとき、思い出すよ。」と言う。

 そして彼女が車に乗る時、僕は彼女の耳元で「大好きだよ」と囁いた。彼女はにっこり笑って「うん、わたしも。」と言う。

 そして車が出発し、僕たちは彼女たちが乗る車が見えなくなるまで手を振った。

 行ってしまった。でもずっと会えないわけじゃない、また会える気がする。いや、そばにいる気がする。なぜなら、彼女の声が、僕の頭の中でやまびこのようにいつもよみがえってくるからだ。